江之島亭

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江之島亭の歴史

【1891年(明治24年)】

江の島に初めて木製の橋が砂州の途中から架けられる。


 

【1897年(明治30年)】

江の島・片瀬間に村営棧橋完成。


 

【1909年(明治42年)創業】

創業者片野太助(津村の村長でした)によって現在の場所にて食事処を開業。
妻の片野いくが経営を任される。江の島に初めて電灯開設。


 

【1923年(大正12年)】

二代目:片野 寛 / 女将:そで
太陽の西日が差すことから「西陽軒」と名前をつけ、丸いテーブルにテーブルクロスがかかっていたような昭和モダンな雰囲気もあった。
後に、修学旅行生が多かったこともあり、江ノ島食堂と名前を変えて、お昼をいただく場所として提供し、現在の店の前にお土産店、貝細工店も経営していた。

食堂とお土産屋の上に、アーケードがあり、屋根に「江ノ島食堂」と描かれていた。

 

二代目:片野 寛 / 女将:そで


 

【1949年(昭和24年3月)】

コンクリート橋(上部は木製)が完成。
「江の島弁天橋」と命名される。

 

コンクリート橋(上部は木製)が完成。 「江の島弁天橋」と命名される。

写真協力:江の島ガラスHOOK


 

【1951年(昭和26年3月)】

読売遊園(後の二子玉川園)にあった落下傘塔が江の島植物園内に移築され「読売平和塔」という展望台を兼ねた民間灯台(灯台名:江の島灯台)が建設される。

 

展望台を兼ねた民間灯台(灯台名:江の島灯台)が建設される。

写真協力:江の島ガラスHOOK


 

【1958年(昭和33年)】

江の島弁天橋が鉄筋の橋に架け替えられる。

 

江の島弁天橋が鉄筋の橋に架け替えられる。

写真協力:江の島ガラスHOOK


 

【1962年(昭和37年)】

自動車専用の「江の島大橋」が開通。
人道用となった「江の島弁天橋」は無料となる。

翌38年
湘南港、江の島ヨットハーバー、江の島漁港が開設される。

 

自動車専用の「江の島大橋」が開通。

写真協力:江の島ガラスHOOK


 

【1964年(昭和39年10月)】

第18回東京オリンピックヨット競技会場となる


 

【1968年(昭和43年)】

三代目:片野 肇
江ノ島食堂を営みつつ、お土産屋は閉店する。
民宿「江ノ島亭」を開業する。
岩屋が崩れ、閉鎖され(1971年)観光客が激減する中で営業し、
岩屋が再開(1993年)され、活気が戻ってくる。
店の屋根の上に現在のロゴ「江之島亭」が描かれる。

 

三代目:片野 肇 江ノ島食堂を営みつつ、お土産やは閉店する。


 

【1982年(昭和57年8月)】

男はつらいよシリーズの29作目『男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋』の撮影の舞台となる。
寅さんとマドンナかがり(いしだあゆみ)が江の島を舞台にデート。


 

【2003年(平成15年1月)】
 
昭和26年に建てられた平和塔が建て替えられ、
江の島展望灯台として新たにオープン。
 

江の島展望灯


 

【2013年】

四代目:片野 哲 / 女将:和香
夢はこれから。。。